子ども食堂と飲食店運営の考察ブログ

給食会社で人材育成を担当している、3児の父です。子ども食堂を月に1回、神奈川県の川崎市で運営しています。子ども食堂の運営、飲食店での独立を考察しつつ、食についてお伝えしてまいります。

子ども食堂を始めた背景、経緯、きっかけ その① 幼少期の経験

本日も記事を見にきていただき、ありがとうございます。

いつも感謝の言葉を書いていませんでした。

いけません。

つたない記述かもしれませんが、お付き合いくださいませ。

今回は子ども食堂を始めた背景、経緯、きっかけをお伝えしていきます。

少々長めなので、何回かに分けて。

今回は幼少期の思い出をお伝えします。

幼少期の経験

私の父と母はお見合い結婚でした。

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最初は東京都の調布市に、親と同居という形で結婚生活がスタートしたと聞いています。

母からの話しか知らないので、確かな事なのかわかりませんが、父の暴力が原因で私が3歳の頃に、母は逃げるように私を連れて出ていったとのことです。

調布市のつつじが丘で母と私の二人の生活が始まりました。

離婚調停は父方は弁護士を立てたけれども、母には余裕はありませんから自ら出廷し、対応していたと聞き、母の強さを感じました。

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母子家庭で、裕福ではありません。

木がうっそうと茂った土地の、アパートの2階の1室が住まいでした。

お風呂が無かったので、母に連れられて銭湯に行っていました。

一度、父親が家に来た記憶があります。

私を取り返しに来たのでしょうか。

大きくて、怖かった印象が残っています。

小学生になるころ、調布市のお隣の稲城市に引っ越しました。

怖かった真人君のお父さん

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小学生になるといろいろなことがわかるようになってきます。

自分の家に父親という存在が無いこと、家が貧乏なこと、他者との比較から自己を認識するようになりました。

ただ、貧乏でしたが劣等感は無かったです。

母の愛情と、周りの方々の支えに恵まれていたのだと思います。

特にお世話になったのが真人君のご一家です。

お爺ちゃんお婆ちゃん、お父さんお母さん、お父さんの妹さん、家族ぐるみでお世話になりました。

私の家庭環境を知り、気にかけてくださいました。

しょっちゅう、真人くん家に入り浸っていました。

お爺ちゃんは物静かで、自転車がパンクしたら直してくれました。

お婆ちゃんはよくご飯をごちそうしてくれました。

焼きそばとか、生姜焼きとか、家庭の味。

ただ、木曜日はお父さんがいらっしゃいまして、父親に対する免疫が無い私にはとても怖い存在でした。

大きくて、声が低くて、煙草を吸う、ちょっと近寄りがたい存在。

今、当時の真人君のお父さんと同じ歳くらいになり、自分の家族だけでも精一杯なのに、他人の子どもをこんなに面倒みてくれたなんて、どんだけ立派なんだと、偉大さを痛感します。

優しさってこういうことかと教えていただけた。

真人君と友達になっていなかったら、今の私はどうなっていたのでしょうか、もういない存在だったのかもしれません。

原付バイクのエンジン音

母との二人の生活は、愛情たっぷりだったのだと思います。

母の仕事はガードマンです。

交通誘導とかをしていたようです。

いろいろな現場に行きますので、原付バイクで仕事に向かいました。

戸締りは私がします。

朝起きて一緒にご飯を食べ、母を見送ります。

原付バイクのエンジン音が小さくなっていく、母が遠くに行って独りぼっちになる、この時が寂しさを感じる瞬間でした。

戸締りをし、学校に行きます。

小学校3年生までは、学校が終わると学童へ行っていました。

学童が終わると家に帰ります。

母はまだ帰ってきていません。

鍵を開けて、暗い家の電気をつけます。

音が無くて寂しいんですぐテレビをつける、今でも見たいテレビ番組が無くてもテレビをつけてるのは、この時の習慣かもしれません。

待っている間は宿題をしたり、テレビを見たり、一人ですから母の帰りが待ち遠しいんです。

夜7時頃でしょうか。

原付バイクのエンジン音が近づいてきて、大きくなる。

帰ってきたと認識できる瞬間。

母の「ただいま」の声。

母親が帰ってきて嬉しくなる。

そこから母は急いで夕食の準備をし、一緒にご飯です。

うどんが多かったかなぁ。

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袋の茹で麺を買ってきて、煮汁にぶっこんで出来上がり。

具材はかまぼこ、茹でたほうれん草。

いつも同じ。

いつもあるのはもう一つ。

お腹を空かせた私がうどんにがっつく姿を見て、私に向ける母の笑顔。

いつも同じ。

「おいしい?」

「うん」

実はほうれん草をいっぱい入れられるんで、嫌だったんです。

でも全部食べた。

たまに母をチラ見します。

目が合えばすぐ笑顔を向けてくれる。

愛情を感じる瞬間

母も疲れているので、たまにお弁当買ってきたりしてました。

母は料理が上手ではありませんでした

子ども心に、うどんより唐揚げ弁当の方がよかったなぁ、なんて思っていた記憶があります。

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今でも原付バイクのエンジン音を聞くと、あの頃を思い出します。

次回の目次

1.母と子の二人三脚のズレ

 

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